―いい天気だった。
俺はバイクを走らせている。
大学の夏休み、田舎に帰省する友人に誘われて、
そいつの家まで向かっている所である。
高速を飛ばして3時間もすると、
そこはもう田んぼの広がるのどかな光景だ。
田舎を持たない俺にとっては、それだけでも結構新鮮で、
眺めも空気も天気も良く、快調に飛ばしていたのだが......
ふいに、それまで視界の隅っこでもこもこしていた入道雲のやつが
急成長を始め、あたりが暗くなり、遠くで雷の音まで聞こえだした。
ちょっとやばいか......と思っているうちに、
バイザーの表面でぽつぽつと水滴が弾ける。いかん。結構粒がでかい。
一応カッパもあるが、計算ではもうじき到着である。
このまま突っ切るか、あるいはどこかでしのぐか......
俺の頭がそんな計算を始めたとき、前方にそれが見えたのだった。
―小さな小屋。
たぶんバス停なのだろう。入口の脇に運行時間が書かれた標識も立っている。
ただ、赤い線で大きく×印がされているので、どうやら廃線らしいが。
そんな事を横目で見つつ、俺は小屋の脇にバイクを停めると、
すぐに中へと駆け込んだ。
すでに雨は、
ぽつぽつからざあざあに変わっている。
そこそこ濡れたが、あくまでそこそこだ。
あと数分も雨の中を走っていたら、パンツまでびっちょりだったろう。
ちょうどいい所に、適当な雨宿り先があったものである。
今日の俺の運勢は、もしかしたらわりかし良いのかもしれない。
などと、思ったのだが......
「......誰?」
小さく聞こえた声に、俺の足と思考が急停止した。
小屋の中、ほのかな暗闇の中に、誰かが立ってこちらを見ている。
身長は俺より頭ひとつ分くらい低いだろうか。
肩口までの長い髪とスカートで、女の子だと分かる。
だがなによりも、
こちらに向けられた不安そうな視線が、
俺を慌てさせた。
「あ、ああ、驚かせたならごめん。雨宿りをしようと思ってね」
すぐにヘルメットを脱いで素顔をさらす。
「先客がいるとは思わなかったんだ。ほんとごめん、すぐ出てくよ」
一方的に告げて、出口へと足を向けた。
外はかなり本気のどしゃぶりだったが、仕方がない。
こんな所で
見知らぬ女の子と2人きりというのは、
いささかまずかろう。
俺がもうちょっと調子のいい人間だったら、
うまく話して取り繕う事もできるかもしれないが、
あいにく俺は、どちらかというと不器用であり、
大いに人見知りもする人間だ。自分で言うのもなんだけれども。
小さな女の子との気まずい空間よりは、
ずぶ濡れを俺は選んだ。
ため息をつきたくなるが、
まあ、それが俺なんだ。仕方がない。
と―
「待って」
再びヘルメットをかぶろうとした俺の背中に声がかかる。
「濡れちゃうよ? すごい雨だよ?」
女の子は、そう言った。
ちょっとだけ、不思議そうな顔をしている。
「......いや、確かにそうだけど......だって、嫌だろ?
見知らぬ男とこんな所で2人だけなんて」
「ああ、なるほど。そういうこと」
俺の言葉にうなずくと、少女は小さく笑った。
「ふうん、そっか。
どうやらそんなに悪い人じゃないみたいだね。
というか、人畜無害そうな顔してるし」
......などと、笑顔でおっしゃる。
初対面なのに、かなりな言われようだ。
「いいよ、別に雨が止むまでここにいても」
「......はあ、それはどうも」
さっきとは別の意味で、なんだかいづらさを感じたが......
雨の中を走るよりかはマシかもしれない。
俺は、自分でもかなりぎこちないと分かる
笑みを浮かべつつ、頭を下げた。年下の少女に。
「ただし、手伝ってね」
「え? なにを?」
「ここ、同じクラスの男子達が秘密基地にしてるんだけど、
女は近づくなとか、ふざけたことを言ってるの。
でもって、何か宝物を隠しているみたいなんだ」
「......はあ」
「それを一緒に探して」
「え?」
......なんだか外だけじゃなくて、
バス停の中まで雲行きがおかしくなってきた。
秘密基地のお宝を探す? この娘と?
「いや、だって・・・」
「なに?」
「宝物って、そのクラスメイトの
男の子達のものでしょ?
それを勝手にいじるのは......」
「いいの」
女の子は、俺の言葉を途中でぴしゃりと遮った。
「あいつら生意気なんだもん、少しくらい困らせて泣かした方がいいの」
「はあ......」
俺はこの娘の方が
よっぽど生意気に見えるのだが......
それは口にしない方が無難だろう、たぶん。
「どうするの? 手伝ってくれるならいてもいいけど、
嫌なら出てって。邪魔だから」
腰に手を当て、俺を見上げる女の子。
なんだか偉そうだ。
ここは別に君だけの場所でもないだろうに。
とも、思ったが......
「わかった、手伝うよ」
気がつくと、肩をすくめて、俺はそう告げていた。
単に濡れるのが嫌だったのか、
あるいはこの女の子に怒られるのを避けたかったのか、
それとも他の理由か......
その辺は自分でもはっきりしなかったが、
とにかく、俺はこの場所で、小さな相棒と共に、
少々変わった雨宿りをする事になったのだった―
俺はバイクを走らせている。
大学の夏休み、田舎に帰省する友人に誘われて、
そいつの家まで向かっている所である。
高速を飛ばして3時間もすると、
そこはもう田んぼの広がるのどかな光景だ。
田舎を持たない俺にとっては、それだけでも結構新鮮で、
眺めも空気も天気も良く、快調に飛ばしていたのだが......
ふいに、それまで視界の隅っこでもこもこしていた入道雲のやつが
急成長を始め、あたりが暗くなり、遠くで雷の音まで聞こえだした。
ちょっとやばいか......と思っているうちに、
バイザーの表面でぽつぽつと水滴が弾ける。いかん。結構粒がでかい。
一応カッパもあるが、計算ではもうじき到着である。
このまま突っ切るか、あるいはどこかでしのぐか......
俺の頭がそんな計算を始めたとき、前方にそれが見えたのだった。
―小さな小屋。
たぶんバス停なのだろう。入口の脇に運行時間が書かれた標識も立っている。
ただ、赤い線で大きく×印がされているので、どうやら廃線らしいが。
そんな事を横目で見つつ、俺は小屋の脇にバイクを停めると、
すぐに中へと駆け込んだ。
すでに雨は、
ぽつぽつからざあざあに変わっている。
そこそこ濡れたが、あくまでそこそこだ。
あと数分も雨の中を走っていたら、パンツまでびっちょりだったろう。
ちょうどいい所に、適当な雨宿り先があったものである。
今日の俺の運勢は、もしかしたらわりかし良いのかもしれない。
などと、思ったのだが......
「......誰?」
小さく聞こえた声に、俺の足と思考が急停止した。
小屋の中、ほのかな暗闇の中に、誰かが立ってこちらを見ている。
身長は俺より頭ひとつ分くらい低いだろうか。
肩口までの長い髪とスカートで、女の子だと分かる。
だがなによりも、
こちらに向けられた不安そうな視線が、
俺を慌てさせた。
「あ、ああ、驚かせたならごめん。雨宿りをしようと思ってね」
すぐにヘルメットを脱いで素顔をさらす。
「先客がいるとは思わなかったんだ。ほんとごめん、すぐ出てくよ」
一方的に告げて、出口へと足を向けた。
外はかなり本気のどしゃぶりだったが、仕方がない。
こんな所で
見知らぬ女の子と2人きりというのは、
いささかまずかろう。
俺がもうちょっと調子のいい人間だったら、
うまく話して取り繕う事もできるかもしれないが、
あいにく俺は、どちらかというと不器用であり、
大いに人見知りもする人間だ。自分で言うのもなんだけれども。
小さな女の子との気まずい空間よりは、
ずぶ濡れを俺は選んだ。
ため息をつきたくなるが、
まあ、それが俺なんだ。仕方がない。
と―
「待って」
再びヘルメットをかぶろうとした俺の背中に声がかかる。
「濡れちゃうよ? すごい雨だよ?」
女の子は、そう言った。
ちょっとだけ、不思議そうな顔をしている。
「......いや、確かにそうだけど......だって、嫌だろ?
見知らぬ男とこんな所で2人だけなんて」
「ああ、なるほど。そういうこと」
俺の言葉にうなずくと、少女は小さく笑った。
「ふうん、そっか。
どうやらそんなに悪い人じゃないみたいだね。
というか、人畜無害そうな顔してるし」
......などと、笑顔でおっしゃる。
初対面なのに、かなりな言われようだ。
「いいよ、別に雨が止むまでここにいても」
「......はあ、それはどうも」
さっきとは別の意味で、なんだかいづらさを感じたが......
雨の中を走るよりかはマシかもしれない。
俺は、自分でもかなりぎこちないと分かる
笑みを浮かべつつ、頭を下げた。年下の少女に。
「ただし、手伝ってね」
「え? なにを?」
「ここ、同じクラスの男子達が秘密基地にしてるんだけど、
女は近づくなとか、ふざけたことを言ってるの。
でもって、何か宝物を隠しているみたいなんだ」
「......はあ」
「それを一緒に探して」
「え?」
......なんだか外だけじゃなくて、
バス停の中まで雲行きがおかしくなってきた。
秘密基地のお宝を探す? この娘と?
「いや、だって・・・」
「なに?」
「宝物って、そのクラスメイトの
男の子達のものでしょ?
それを勝手にいじるのは......」
「いいの」
女の子は、俺の言葉を途中でぴしゃりと遮った。
「あいつら生意気なんだもん、少しくらい困らせて泣かした方がいいの」
「はあ......」
俺はこの娘の方が
よっぽど生意気に見えるのだが......
それは口にしない方が無難だろう、たぶん。
「どうするの? 手伝ってくれるならいてもいいけど、
嫌なら出てって。邪魔だから」
腰に手を当て、俺を見上げる女の子。
なんだか偉そうだ。
ここは別に君だけの場所でもないだろうに。
とも、思ったが......
「わかった、手伝うよ」
気がつくと、肩をすくめて、俺はそう告げていた。
単に濡れるのが嫌だったのか、
あるいはこの女の子に怒られるのを避けたかったのか、
それとも他の理由か......
その辺は自分でもはっきりしなかったが、
とにかく、俺はこの場所で、小さな相棒と共に、
少々変わった雨宿りをする事になったのだった―
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